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[読了]あなたのセックスが楽しくないのは資本主義のせいかもしれない

国家社会主義と資本主義環境下において女性の権利、フェミニズムに関する本です。本書では社会主義国家が良かったとか、そういう話はしておらず、こと女性の権利について言うと社会主義の方が女性は幸せであったということが歴史研究から明らかにしているものだ。

資本主義において経済と性が結びつき、女性が男性に経済的に頼らざるを得なくなったり、伝統的な力で無給の家庭生活を強いられるようになったり、目的を果たすために経済力のある男性に取り入る必要性が出てきた。

一方で過去の国家社会主義の国々は全体主義的な部分など、もちろん褒められるべきではない政治的な問題も沢山抱えてはいたものの、女性も一人ひとりが労働力として見なされていた事もあって手厚い保護があり、それは当時の資本主義国にないものばかりであり、女性の権利が確立されていただけでなく、経済的に安定していたことで経済と性が結びつくことなく自己実現することができていた。

宇宙飛行士にもなれる。政治家として重要なポストに付く事もでき、資本主義国家が驚くべき現実ばかりが存在していた。

資本主義の中に社会主義から取り入れる形で女性の権利が認められるようになりはじめた。特にヨーロッパは社会主義国家と資本主義国家が距離的にも近く、今では福祉がもっとも充実した国が存在している。社会主義で存在していた女性の出産、育児、教育に関する制度の手厚さも、その一因として存在しているだろう。

日本も今現在、資本主義ではありつつも社会主義国家に存在していた女性の権利がゆっくりとではあるが取り入れられつつある。誤解を恐れずに言うと、日本は資本主義が入ってくる以前から女性は男性に従っていたように思う。それは中国などの大陸側の文化もあったのかもしれないが、そういう意味では伝統的な日本は資本主義を受け入れられやすい土壌であったように感じる。

今年から上場企業に関しては重要なポストで女性が占める比率を開示するようになる。国家社会主義に存在していたクォータ制、すなわち全体の4割以上など女性比率に対する取り決めは存在していないが、日本でもそのうち導入される事になるのでしょうか。それか開示情報によって外的な圧力がかかり女性比率が向上するかもしれない。

本書の中でも女性だからという理由で重要なポストにつかせる必要はない。ただ優秀であるにも関わらず昇進しない、給与が違う、経済的な自律性がないという状況に陥っている、現在の資本主義に関しては問題が多く存在しているように見え、女性の権利という点において国家社会主義に学ぶ点が多くある。本書ではそう言っている。

日本において成人年齢引き下げに関するAVに対する保護法が成立したりしているし、日本では性産業はかなり発展していると思うけれども、そもそも女性が性と経済を結びつけることなく自分の夢を追えるようになる、それだけの手厚いサポートを国家が行えば今の少子化に歯止めがかかるのかもしれない。それは本書で出てくる国家社会主義下における女性の統計情報と資本主義下の統計情報を読んでみると良い。

フェミニズムに関しては興味をもちつつも、ちゃんと調べたことはなかった。本書は一つのフェミニズムに関する思想、女性側から見た社会など普段考えたことのない景色を見せてくれた良書だ。

[読了]スマホ断食 コロナ禍のネットの功罪

なくてはならなくなったスマートフォン、スマートフォンの保有率が高まりインターネットの世界がより身近なものとなり、従来の紙を媒介とした本や授業などは古く感じられるようになりました。デジタル礼賛といいますか、デジタル化することこそが重要という風潮ではありますが、そのデジタルの文化がよりリアル側にも侵入してきているように思います。祭りなどのイベント然り。

一方でデジタル世界に対し私達がどう接すればよいのかという問題点は前から指摘される点でもあり、その点では「教育」という面では全く変化に追いつけずにいると言わざるを得ません。

昨今Digital WellbeingということでiPhoneにもAndroidにもスマホを使いすぎないように制御する仕組みが入っていますが、日本ではどこまで活用されているのか甚だ疑問です。メディアで取り上げられる事もあまりないような気もしておりDigital Wellbeingに対する教育や親がその事を十分に理解する必要があるのではないでしょうか。

スマホの使い方によって、もちろんプラスに働き自分の人生を豊かにし、学力向上の一助になることもあるでしょう。ただしそれは当たり前の事ですが全員に当てはまることではありません。特にフェイクニュースや炎上をより焚き付けたり、脊髄反射的に反応してしまうという「考える」という行為が薄れてしまう現象を見ると、それははネットの功罪なのだろうと思います。そのネットに気軽にアクセスできるスマホというタッチポイント。やはり付き合い方は考えたいところです。