[読了]アフォーダンス入門 知性はどこに生まれるか

アフォーダンス入門 知性はどこに生まれるか (講談社学術文庫)
WEBの世界にいるとどうしてもノーマンのアフォーダンス概念に支配されます。それはそれで、もちろん重要なのですが、一旦ギブソンが提唱した当初の「アフォーダンス」理論に触れてみようということで、有名な佐々木さんの本を手にとってみました。

アフォーダンスといえば、ドアノブの例はよく話に出る内容です。例えばドアノブの付いたドアをパッと見た場合、そのドアを押したら開くのか引いたら開くのかが分かりにくいという状態を「アフォーダンスが悪い」という言い方をしたり、WEBサイトで言えばクリックできるボタンなのか、ただの装飾としてのボタンなのかが分からないとしたら、それも「アフォーダンスが悪い」と言えるでしょうが、それはノーマン的なアフォーダンスの概念で、ギブソンの言うアフォーダンスは、もっと広い意味で使われます。

ひとことで言うと本書内では「環境が動物に提供するもの、用意したり備えたりするもの」と説明されますが、この一言だと何ぞや?という感じですよね。

そしてこうも説明されています。「個々のアフォーダンスは、ある個体がいつか環境にそれを発見しなければあらわにならない」ものであると。
アフォーダンスとは環境の中に潜在的に存在しており、顕在化していないものだという事ができます。

即ち、あるものを引っ張ったり、叩いてみたり、触ったりといった「行為」によって潜在的なアフォーダンスが顕在化し、発見することができるというわけです。
そのため、アフォーダンスとして何を発見するかは、その手前の行動・行為によって変わってくることになります。

一方で「行為」とは何だろう・・・と考えてみると、例えば棒を使って高飛びをするといった場合に、その棒の強度を確かめようとする「行為」として、アフォーダンスを発見するために棒を振り回してみるというような「行為」が発生します。従って「行為」を促しているものもまた「アフォーダンス」である。と説明されます。

本書をさらっと読むことも出来るのですが、こういう部分、実は非常に難しいですよね。

この「アフォーダンス」から促される「行為」というものは、五感などによる知覚によって「予期する情報」を作り出すことによって、発現するものです。

即ち、先ほどの例で言えば"この棒を使えば高く飛べるのではないか?"のような「予期する情報」を作り出し、その結果、「行為」として"棒を振り回す"というものが生まれ、その結果、その「棒」のアフォーダンスとして「強度」を得る。といったような。

本書では哲学で言うところの「間主観性」、即ち経験していない他人にも理解することが出来るという意味で「アフォーダンス」は客観性を持つと説明されているのですが、この部分はどうも納得が出来ませんでした。

「予期する情報」≠「アフォーダンス」だと思うからです。
「予期する情報」は過去の経験や知覚情報から導き出されるもので、本当の「アフォーダンス」ではありません。"自己が作り出したアフォーダンス"と言えるのではないかと思うのです。

では「間主観性」とは何かを考えた場合、"自己が体験したアフォーダンス"を他者に伝えることによって、他者の「予期する情報」が書き換わるということではないかと思います。「アフォーダンス」自体には客観性を持っていように実感しますが、それは「顕在化した意味」という意味においては「アフォーダンス」が客観性を持っているようにも思えますが、あくまで「予期する情報」以外の何者でもないのかなと考えたりしました。

人だけでなく動物も植物もアフォーダンスを発見しながら行動が変化するわけですが、全く影響を受けていない状態で発現する行動の事は「ブルート・ファクツ」と呼びます。
基本的には本書内で記述されている「ブルート・ファクツ」の考え方には納得がいったのですが、人間に関する「ブルート・ファクツ」には、これまた納得が出来ませんでした。

植物における「ブルート・ファクツ」で、発芽から成長する過程において、常に茎などが旋回しながら成長していくという行動は、全植物(?)の共通行動であるため、「ブルート・ファクツ」であるといえますが、人間の例で「リーチング」という幼児の行為が示されていますが、個体差が生まれている以上、それは「ブルート・ファクツ」ではないのではないかと思ったわけです。

まだ正確に理解出来ていない部分が多々ありますが、所謂ギブソンの言うアフォーダンスをAIが実現する事は非常に難しそうだなという印象も持ちました。
所謂ビッグデータにおいて、数多くのIoTデータがAIにどんどん取り込まれた場合、それを無視したり行動をしたりと切り分ける必要がある。アフォーダンスを発見する行為でも一部は難しいのかもしれない。例えば、ある台に乗っても、その台が壊れないかどうかを確かめるとか、出来ないことはないと思いますが、「予期する情報」をどこまで構築することが出来るのか、それは条件付けを大量に組み合わせることで実現できるのでしょうか?

本書で結構気付かされる部分があったので、とても良い本ではないかと思います。
僕の理解、あってるのかな?


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