ギブソン的なアフォーダンスの説明からノーマンのアフォーダンス概念、そしてシグニフィアの紹介も完結にされており、初めてその概念に触れる人にも優しい内容になっていました。
ノーマンの人工物デザインの評価に関するデザイン理論としての「本能」「行動」「内省」という3つの概念については、恥ずかしながら知りませんでした。
- 美観や欲求のような、人間の基本的・生理的な水準で評価される本能レベルのデザイン
- 機能や使いやすさといった行動レベルのデザイン(アフォーダンス)
- 高次の認知過程である人間の思考や理解など、人工物に与える意味や人工物との「付き合い」に代表される内省レベルに関わるデザイン
の3つです。
この辺りはノーマンの「人を賢くする道具―ソフト・テクノロジーの心理学」という本で詳しく書かれているみたいですね。
ただ、本書を読んだだけだと、この内省レベルのデザインが、イマイチ理解できませんでした。本書の内容を簡単に言うならばデザイン評価は「アート」としての評価、「アフォーダンス」としての評価、「経験価値」としての評価の3軸という感じです。
3つ目の「経験価値」に関しては、そのモノを利用することによって生まれる物語、思い出、結びつきといった内省を伴う評価と説明されていますが、そうなるとデザイン評価としては人によってブレてしまうし、デザインとして評価するために使用期間のような「時間軸」が大切になってきてしまう事も考えられます。
また本書では「ユーザが人工物に対して自ら働きかけることに寄って生成される価値を含んだ、インタラクティブな視座に立っている」とも説明されていることから、旧来のノーマン的アフォーダンス、即ち過去の経験などに引きずられて、そのプロダクトからもたらされる一つの「意味」を評価するものとは対立する概念ではないかとも思うのです。
もう少し突っ込むと、旧来のノーマン的アフォーダンスの概念と「経験価値」の2つを合わせると、"それって結局ギブソン的なアフォーダンスじゃね?"と思うわけです(笑
また本書では「ユーザが人工物に対して自ら働きかけることに寄って生成される価値を含んだ、インタラクティブな視座に立っている」とも説明されていることから、旧来のノーマン的アフォーダンス、即ち過去の経験などに引きずられて、そのプロダクトからもたらされる一つの「意味」を評価するものとは対立する概念ではないかとも思うのです。
もう少し突っ込むと、旧来のノーマン的アフォーダンスの概念と「経験価値」の2つを合わせると、"それって結局ギブソン的なアフォーダンスじゃね?"と思うわけです(笑
まぁギブソン的な「知覚」というより「体験」とそれに伴う「感性」も含むと理解して、敢えてそのまま触れないで3つあるんだという理解でも良いのかもしれませんが。
本書では「人間中心設計」についても触れられていますが、そのデメリットとして新しいモノが生まれにくいという性質にも言及されています。
この辺りは今までも「そうなるよね」と理解されていることではありますが、MITメディアラボの伊藤穰一さんの話を聞いた感じだと、プログラマ的に理詰めで考えるよりもアーティスト的な考え方を取り入れないと飛躍することは難しいのかな?と考えていたりします。
AR三兄弟の川田さん的に言えば「順番工学」的な思考をしている限りは従来の経験やスキーマ、メンタルモデルから脱却することはできず、逆に「順番美学」的な思考を取り入れることによって、新しい枠組みへ脱せられるのかもしれません。
あと本書を読んでいて一つ感じたのは、昨今ウェブ業界でUXがひたすら叫ばれ、人間中心設計が大切だと説かれることが多い訳ですが、HCDとしてデザイナーやプログラマー、プランナーなどが皆集ってUXについて議論している様子は、ベルガンティが提唱する「デザイン・ディスコース」そのものだなと思うと同時に、アーティストを工学的な分野へと引きずり込む場になっていないかな?と思ったりしました。
本書ではハードウェア的なデザインや体験価値について様々に書かれているため、ソフトウェア、特にウェブについて考えた場合、それは実はデザイナーを工学へ引き込む事しか出来ていないのかも?と思ってしまいました。
組織論やプロジェクト進行的には正しいあり方なのかもしれませんが。
何か本書を読んでいて、モヤモヤするものが残る結果となりました。
本書では「人間中心設計」についても触れられていますが、そのデメリットとして新しいモノが生まれにくいという性質にも言及されています。
この辺りは今までも「そうなるよね」と理解されていることではありますが、MITメディアラボの伊藤穰一さんの話を聞いた感じだと、プログラマ的に理詰めで考えるよりもアーティスト的な考え方を取り入れないと飛躍することは難しいのかな?と考えていたりします。
AR三兄弟の川田さん的に言えば「順番工学」的な思考をしている限りは従来の経験やスキーマ、メンタルモデルから脱却することはできず、逆に「順番美学」的な思考を取り入れることによって、新しい枠組みへ脱せられるのかもしれません。
あと本書を読んでいて一つ感じたのは、昨今ウェブ業界でUXがひたすら叫ばれ、人間中心設計が大切だと説かれることが多い訳ですが、HCDとしてデザイナーやプログラマー、プランナーなどが皆集ってUXについて議論している様子は、ベルガンティが提唱する「デザイン・ディスコース」そのものだなと思うと同時に、アーティストを工学的な分野へと引きずり込む場になっていないかな?と思ったりしました。
本書ではハードウェア的なデザインや体験価値について様々に書かれているため、ソフトウェア、特にウェブについて考えた場合、それは実はデザイナーを工学へ引き込む事しか出来ていないのかも?と思ってしまいました。
組織論やプロジェクト進行的には正しいあり方なのかもしれませんが。
何か本書を読んでいて、モヤモヤするものが残る結果となりました。
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