[読了]今こそ読みたいマクルーハン

今こそ読みたいマクルーハン時々読みたくなるマクルーハンの本を小林さんの書で見つけたので即買しました。

マクルーハン自身の「メディア」の定義は広く、テクノロジーや技術と同義であり、身体・感覚の拡張であると定義されています。

従ってメディアそのものが社会の構造へ影響を与え、また新しい人間の繋がりやコミュニケーションスタイル、情報伝達のスピードなどの変化が生まれます。それは時に感覚比率を狂わせる状況となるため、その技術が社会にすんなり受け入れられない変化だったりするわけです。

また、例えば日本では普通のメディアでも、国や文化圏が異なることによって、隠されていたポテンシャルが引き出されたり、全く新しい価値が生まれたりします。

今で言えばスマートフォンが顕著な例で、PCとスマートフォンのデバイス間連携云々という話を先進国がしているかと思えば、別の国ではスマートフォンだけで文化が構成されていたりします。
そこから全く新しいサービスが生まれているのです。

マクルーハン自身、「私は説明しない。探求するのみ。」と書いているとおり、文章をどうとでも解釈することができる、即ちマクルーハン自身の言葉で言うならば「クール」な文章を沢山残しているとおり、本書を読みながら色々と考えさせられました。

例えば、WEB上のコンテンツは「ホット」すなわち、情報量があり、疑問を持たずに一方的に学ぶことが出来るものが「良いコンテンツ」だとされており、Google自身もそれを推奨しているわけです。
一方でTwitterやLINEなどの日常的なコミュニケーションツールは「クール」なメディアで、その文章だけから全てを把握することはできません。

WEB上のAuthorityは「ホット」なメディアのみに与えられる権限であり、クールなメディアではありません。その意味でGoogleが検索結果にGoogle+の情報を一緒に出すことは、もしかするとユーザーにとってはマイナスの効果しか与えていないのかもしれません。

「感覚比率」に関しては、まだ自分の中で消化しきれていないわけですが、本書で言えば5感の中の「触覚」が重視されていた時代から文字が生まれる事などにより「視覚」が重視される世界へと生まれ変わりました。

イノベーションの世界を考えるのであれば、現状のサービスを改善するような「直線的イノベーション」は現在の「感覚比率」を変動させることがないため、世の中に直ぐに受け入れられるサービスですが、一方で「交差的イノベーション」であれば感覚比率に少なからず変動をもたらし、世の中に受け入れにくいものになる。と説明できるでしょう。

もう一つ重要だと感じた概念が「アフォーダンス」です。マクルーハンのメディア論に照らし合わせるのであれば「メディア」、即ち「テクノロジー」は少なからずメッセージをもたらします。
本書ではミクロ視点やマクロ視点が混ざって説明されているため、何となく理解はできると思いますが、さらっと流してしまいたくなります。

ウェブサイトのホット化、そしてマイクロインタラクションはマイクロメディアと捉え直し、再度WEBとは何か、コンテンツとは何かを考えてみるのも面白いのかもしれません。
WEB上で人はHOTなメディアを探している一方、これから拡大していくIoTは完全に「クール」なメディアな市場です。その「クール」をトリガーとして利用するだけなのか、新たなメディアとしての意味付けが生まれるのかは分かりませんが、一つの「インターネット」というまるっとした概念ではなく、市場そのものを「ホット」と「クール」に分けて見ると、新サービスを考える上で新たな視点を提供してくれるかもしれません。


今こそ読みたいマクルーハン
マイナビ (2013-10-23)
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