「コンテキスト」という言葉は日本語ではうまくハマる言葉がなく理解しづらい印象ですが、前後の事情や背景を広く意味しています。
したがって、Googleがカレンダーの予定を"見て"、電車・終電の案内をしてくるような技術も、コンテキストを利用したサービスです。
自宅のあらゆる電気が全てネットワークで繋がれていて、人の動きや声などに反応しながらON/OFFを操作したり、車の自動運転のデモが行われたりと、未来はあらゆるコンテキストを機械自らが理解し、実行するといったサービスで溢れかえることは間違いないでしょう。
本書ではそんなコンテキストを利用したサービスが非常に多く紹介されると同時に、サードレール問題と言われるプライバシー問題にも言及をしており、とても面白い本だと思います。
本書を読んでいて、様々な事を考えさせられました。
「コンテキスト」そのものについて考えてみると、人はコンテキストに基づいて様々なメディア(※)が持つアフォーダンスを理解し、実際に行動をしていると思いますが、そのことを考えると、プログラムがコンテキストを理解するとはどういう事なのか?またその結果、人に対する出力(アプローチ)というのは一体何なのか?という点です。
※ここでいうメディアはマクルーハン的な意味
最初に考えたのは、プログラムがコンテキストを理解するということは、プログラムがある特定のコンテキストをトリガー条件として、一つの事柄を実行する。またはクラウド側でトリガーが発動し、スマートフォンなどの身近な機器に結果が返ってくるものではないかと思いました。
プログラムは決められたデータ形式でM2Mの通信が発生しているため、人と人のようなエンコード・デコード問題は発生することはありません。
したがって、人は特定のコンテキストによって、その結果もたらす行動パターンは無数に存在する可能性がありますが、プログラムはそうではなく唯一の結果しか存在しないのではないか?と思ったわけです。
プログラミングはI/Oを文字によって定義しているものと理解したからですが、これは間違いではないかと感じました。
確かに人の行動によって電気を付けたり消したりするといった単純なコンテキストベースのサービスを考えた場合は間違っていないと思いますが、今後出てくるであろうコンテキストベースのサービスを考える上では、間違った考え方ではないでしょうか?
コンテキストの中に含まれる情報を考えていくと、場所という地理的な要因や、時間帯なども含まれるわけで、確かにコンテキストを判断する条件を複数持てば持つほど出力する結果は多様化します。また、たとえ全く同じコンテキストにおいて、過去に他人に指示した内容を再生した場合でも、その結論に対してユーザ側が拒否することも考えられます。
1プログラムはもちろん唯一のコンテキストと、その結果もたらす出力も一つ保持していなければならないでしょうが、コンテキストを基にしたテクノロジー・サービスは常に確率的な考え方と、サービスを提供する1個人の行動パターンの2つのレイヤーで考えていなければなりません。
その意味において、1コンテキストに対するアウトプットは一つに絞られないのではないか、即ち従来のプログラミング的な発想ではダメで、常にコンテキストの解釈は複数の可能性は複数持っていなければならないのではないかと感じました。
人間も毎回特定のコンテキストにおいて複数の行動パターンの中から、過去の経験を踏まえ一つの行動を選択していると考えるのであれば、コンテキストを理解し実行する今後のサービス群は、より人間的な考え方をプログラムで再現しなければならないのです。
では、全く同一のコンテキストを持つ二人が存在していたとして、その二人に全く同じ指示をサービスが行ったにも関わらず、二人の行動が違った場合、それは何を意味するのでしょうか?
私の中での結論は「コンテキストと捉えていたデータの不足」です。
昨今「ビッグデータ」という言葉がもてはやされている訳ですが、例えばある予定されている場所へ向かうために電車に乗る事と、車に乗る事の2つが可能性として存在していた場合、車を保有しているかどうか、またよく車に乗っているかどうか、もしかすると天気や気温などの情報も、コンテキストを理解して案内するためには必要な情報になる可能性があります。
即ち、コンテキストを理解し、その人に対して正しいpredictionを導けなかったということは、コンテキストと捉えていた情報が乏しいということを意味しているのではないかということです。
ビッグデータとして様々な"余分な"情報を取得して、企業がマーケティングなどに活かす事が重要視されていますが、「価値あるビッグデータ」とはpredictionのために必要なコンテキスト情報を全て持っていることであると言えます。
逆に言うと、例えばその人が男性であるか女性であるかの情報を自社で持っている必要があるかどうかは、そのサービスの利用にとって、その性別情報が一つのコンテキストとして重要な役割を果たすかどうかで判断すれば良いということになります。
もちろん、機械的な統計処理によって浮かび上がってくる事もあるでしょうが。
現在のマーケティングにおいて、コンバージョン率が1%や2%というのは、残りの人にとって全く響かなかったということを示すわけですが、ユーザーをロイヤルカスタマーなどに分解する考え方は、言うなれば事業者側が勝手に判断したコンテキスト情報である、購入頻度や年間購入金額などにより判断されているだけであって、今後はユーザ側からみたコンテキスト情報が必要になってくるわけです。
ソーシャルマーケティングなども流行っているわけですが、ソーシャルメディア上のテキスト情報というのは、コンテキストから人が反応した結果であって、理由ではないのです。
その意味において、企業はより人間のリアル側の情報をいかに取得するかが重要となるのではないかと考えています。
現在、機械は人間の5感の中で視覚が重視されているものの、その他の感覚も含めてデジタルデータ化できるだけでなく、足のような身体的な動きをセンサーによってデジタル化することができます。その分析手段はまだ弱いのかもしれませんが。
また人間が知覚し得ない(?)、方角・磁場、電波などの情報もデジタルデータ化されています。
目的と行動のpredictionを常に意識し、どのデータがコンテキスト情報として有効なのかを考えるという意味では、現在、より人間そのものを知る必要性が出てきているのかもしれません。
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