数学史を基として主に本書で語られるのはチューリングと岡潔。その思考です。
どちらも数学者としては有名なのですが、その数学者の思考、数学を通してその2名がどういう考えに至り何を夢見たか。それが非常に分かる…いや、感じられる本です。
数学史を見ると、数学は道具として一人の人間から外へ外へと理解を深めるツールとして発展してきたはずです。それは「ゼロから始まる」という始点的な考えであった訳ですが、岡潔にしろ最終的にはゼロは目的・ゴールとなっています。恐らくチューリングも同様でしょう。
数学、それ自体は自ら思考するものであり世界を理解する道具であることは間違いないでしょう。しかし数学の一部は身体化し、また抽象化の過程を経ることで世界の理解を促すだけでなく機械化・自動化しました。
その抽象化された数式はアルゴリズムとなり、現在はAIという形で再びゼロへ帰還するプロセスを辿っています。アルゴリズム化・数式化出来なければ未来を予測することは難しいと思いますが、現在はゼロを目的としつつもゼロを始点とし、まるで行ったり来たりを頻繁に繰り返しているような気がします。
もともとのギリシア語でいう「数学」という言葉を考えると、「数学」という思想があらゆる分野へ展開され自己も世界も探求しているとも言えるのかもしれません。
未だにチューリングテスト自体の検証可能性については、よく理解できていない私ですが数学者の思考に少し触れられたような気がしました。
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