[読了]なぜ人工知能は人と会話ができるのか (マイナビ新書)

人工知能に関する基礎技術、実際に応用され展開されている現在のサービス展開、哲学と薄く広く網羅されている本です。

一旦エンジニアと話すにしろ人工知能に関する専門用語はこの本を一回読んでおけば物怖じせず聞くことができるでしょう。
内容的にはかなり薄いのでサラッと読んで「ふーん」程度で良いかと思います。著者の所属上ゲーム話題が多いのですが、もう少し海外事例とそれに対する考察があっても面白かったかなとちょっと思ったりしました。

[読了]この世でいちばん大事な「カネ」の話 (角川文庫)

この世で生活していくために必要な「カネ」。西原さんが実体験を含め「カネ」によって何かが崩壊したり、倫理観が失われたりと本当にちょっと前の日本なの?と思うくらいのインパクトのある本。

自分が育った環境や今自分が置かれている環境を悲観的に捉えることは誰しもがよくあるのではないかと思います。自分の両親の仲が悪い、離婚した、破産した、暴力的だった。最近でも虐待のニュースをよく目にします。
今いるところがどうしても嫌だったら、ここからいつか絶対に抜け出すんだって、心に決めるの。
そう。まずはここから絶対に抜けると心に決め
そうして運よく抜け出すことができたんなら、あの嫌な、つらい場所にだけは絶対に戻らないって、そう決めなさい。  そうしたら、どんなたいへんなときだって、きっと乗り越えることができるよ。
自分の進む道に元の環境へ「戻る」という選択肢が無い状態へ進んでいきましょう。今までもしかしたら、あまり自分が"楽しい!"と思うことが見つかっていないかもしれません。西原さんのように"絵を描く"という行為が自分を救っていたというパターンもあるかもしれません。

それを自分の生業にすることはできるの?
キングコングの西野さんも言うように「仕事になるまで遊べ」ということかもしれません。西原さんはこう言います。
「どうしたら夢がかなうか?」って考えると、ぜんぶを諦めてしまいそうになるけど、そうじゃなくって「どうしたらそれで稼げるか?」って考えてみてごらん。  そうすると、必ず、次の一手が見えてくるものなんだよ。
なるほど。「夢」という言葉で空回りしたりイマイチやる気が出ない。そんなこともあるでしょう。それでも「どうしたらそれで稼げるか?」を考えながら次の一手を模索する。それが大事なのかもしれません。

最後にどんなに周りの環境がどんなに劣悪でも「希望」を諦めてしまうという行為をしなければ、「動き」をとめなければ、全くの0の環境からでも何かをはじめることができます。
自分が生まれた環境がどんなに酷かろうと、それを受け入れてしまうことをしなかったから。 「希望」を諦めてしまうことを、しなかったから。


【読了】あなたの話はなぜ「通じない」のか (ちくま文庫)

社会に出てプレゼン、資料作りなどを通じ相手を説得する、または同意・共感を得る機会は一気に増えます。その割に学生の時にはそこまでの機会はなく、さてどうしたものか…と思う方も多いと思います。

もうそんな事言っていられる年齢でもないにも関わらず、未だに苦手意識が抜けない私がいますが、本書では文章の組み立て方という基本的な部分はもちろん、相手からどう信頼を得るか、私の事を全く知らない状態の人に対しどう向き合い、何を意識すべきかが書かれている。

社会人になりプレゼンのアウトラインを組み立てよとか、図を使ってシンプルにといった手法の本も溢れかえる中、そのアウトラインはどういうことに気をつけ、何を意識して順序だてるか。本書を読むとその根本思想にもう一度立ち返り、向き合うきっかけとなります。

【読了】小さな習慣

 自分なりに目標や夢、SNSを眺めていて `いいなぁ` と感じたり、自分もそうなりたい…なんてぼやっと感じることってありますよね。
でも結構飽きやすい自分をいつも呪って、 `明日から頑張ろう` とか `センスが無いな` とかと自分に言い訳をしつつ、物事を先延ばしにする癖が学生の頃から抜けないと思う事があります。

まわりにはコツコツ取り組んでいる人がいて、いつの間にかその人が凄いと感じ劣等感を感じる。そんな経験ありませんか?

この本ではバカバカしくて笑いがこみ上げてくるほどに小さな習慣、小さすぎて絶対失敗することがない習慣を作り出す事を推奨しています。

「腕立て伏せを毎日1回やる」

これほどバカバカしく、簡単だと思える習慣は無いでしょう。
もちろん1回やったら終わり。それでも良いですし、疲れが溜まっていないタイミングなら20回やっても良い。でも絶対に1回は毎日やること。そこだけは守らなければなりません。

従って非常に疲れている、睡魔に襲われている、酔っ払っている等の環境下でも達成できるほどに意識を使わず、 `腕立て1回やって寝るかー` というノリで乗り越えられる目標である必要があります。

それほど簡単な習慣でも繰り返すことでそれが身体に染み付き、
何かをひとたびマスターすると、あなたはそれをルールなしで管理できる
ようになる訳です。
昨日腕立てを20回やったからといって、小さな習慣上は腕立て1回なのに無意識のうちに `今日も20回やらねば` などと考える傾向が自分の中にもあって、本書ではそういった注意事項にも触れられています。

その自分にたいする「期待」が再び自分を習慣から遠ざけます。
この習慣は休日などにももちろん適用されます。そういう意味では腕立てならば1回程度を設定しておき休日は最低回数をこなす。そして重要な事はそれで満足し、自分を信じる事です。

小さな習慣で腕立てを昨日は20回やり今日は1回しか出来なかった。それでも目標は上回っているし何より継続したということを自分で意識すること。
そんな習慣づくりの本です。


[読了]弱いつながり 検索ワードを探す旅

細かい部分に対する是非は色々な場所に書かれているので、そちらにお任せしますが個人的にはインターネット、それ自体は思想を凝り固まったものにさせ、自分の視野を狭める、そして自分と"同類"の人との絆を強くし、その中に自分を閉じ込めてしまうという意見には同意です。

インターネット内にてセレンディピティやらコンテキストが云々と言ったところで、やはり自分を取り囲む檻から抜け出すことは困難でしょう。
そのあたりがGoogleだったり統計の限界なのかもしれません。手段が無くもないような気はしますが、結局文字や画像、映像に頼っている以上は他人の評価などによって自分の行動が制限されてしまうということもあり得るでしょう。

旅というよりは、もう少し大枠でいつもの自分をズラす、環境を変えるという視点を常に持っておく事が重要と言えば良いかと思います。また本書では自分の「限界」を少しでも意識させるものなのかもしれません。

[読了]デジタル・ジャーナリズムは稼げるか

新聞やテレビなどの既存メディアは時に「レガシーメディア」と呼ばれ、インターネット上のデジタルメディアとは異なる取り扱われ方をされることがあります。

本書では「デジタルジャーナリズム」ということで、インターネット上におけるニュースメディアに対し今後どうあるべきと著者であるジェフ・ジャービスが考えているかが書かれているわけですが、非常に刺激的であると同時に本当に考えさせられる本でした。

日本のメディアでも最初は米国での流れを受けて日経が有料課金モデルを作り出し、それを追うようにいくつかのメディアが同様のモデルを導入しましたが、本書では有料課金モデルに関しては非常に否定的な意見が書かれています。

それは元々アクセス数が非常に多いメディアでないと出来ないということと、有料ユーザが1%程度だったり、その有料ユーザの増加割合も非常に低くとどまるという事などが挙げられています。

本書ではジャーナリズムという言葉を以下のように定義しています。
広く定義すると、ジャーナリズムとは、「コミュニティが知識を広げ、整理するのを手助けする仕事」ということになる。そして、狭い定義では、ただ何かを知らせるだけでなく、何かを主張するのがジャーナリズムだと私は考える。
インターネット上では気軽にリンクを貼ることが出来る。そのリンクを貼る事によって、例えば言葉の定義部分はWikipediaに任せる事ができます。そういう意味で任せる部分は他ページに任せてリンクを貼り、ニュース記事ではより深い考察や市民の生活に良い影響を与えたり、市民の代わりに何か調べた結果を書くことで良い記事が作られるべきだと述べられています。
野球の結果を知らせ、地元のイベントや火事のことを報じるだけであれば、ジャーナリズムとは呼べないだろう。ジャーナリズムは世界を変えるものだ。
海外メディアの記事は最初の1~2段落が非常に無駄に思えてしまう事があります。その記事の前提となる事件や成り立ちなどが書かれており、「知ってることだよな」と思ってしまうのですが、もし仮に全部無くしてWikipediaまたは昔書かれた記事にリンクがされているだけだとしたらどうでしょう?
個人的にはそのほうが良いなと思いますが、もしかするとそのリンク先の記事を読んでいる人物かどうかがそのサイトで分かれば見せ方も変えられるのかもしれません。Googleのようなプラットフォーマーであれば、そのサイトだけでなく他のメディアも含めて、その記事内容に明るい人物か、そうでないかは分かるのかもしれませんが。

そしてその主張の延長として、例えば大衆紙がいくらスポーツ記事やエンタメ記事を載せたところで専門誌には敵わないかもしれませんし、大衆紙からその記事を省いたところで読者が全く減らない可能性すらあることを本書では触れています。

恐らく、可能であれば一つのネットワークの中にスポーツが得意なメディアやエンタメが得意なメディア、経済が得意なメディアなどを持ち、得意分野はその会社に完全に任せつつ各々のメディアが得意な良質コンテンツを生成することが重要なのでしょう。
このあたりは非常に考えさせられます。

日本のメディアと米国のメディアが全く異なるモノだからなのかもしれません。
日本では各メディアの記事がBtoBの取引で転載されていくだけで、酷い場合1メディアの記事が10媒体以上に転載される、そして個人のBlogや掲示板も含めれば、それ以上に転載されることも少なくないでしょう。

もちろんGoogleはオリジナルを優遇する…それにしても日本の場合は完全に転載され、恐らくBtoBで記事料が発生していると思いますが、その転載先で発生した広告売上などは運営媒体側に付いている事でしょう。
これでは記事数増やすために転載メディアを増やせば勝ちみたいな風潮になりかねませんし、現状そうなっていると言えるのかもしれません。スマニューやグノシー、Yahooニュースなどコンテンツをアグリゲートし、あくまでどんなニュースでも取り揃えている状態は結構異常な気もします。

GoogleはGoogle内で記事全文が読めるようなものではないし、あくまで媒体側に誘導するものとしていますが、この全取り揃え文化、確かに得意分野は他社に任せているとは言えるのですが、メディアの疲弊は止まらないビジネスモデルだなという気はします。

結局転載メディアがひたすら儲かるようなビジネスモデルではなく、書いたメディアや書いた人物がその価値に見合う収益を得るためにはどうしたら良いのか…。本を読みながら思ったのは、本書内でも触れられていますが、記事は1つでその記事をembed的に引用等を行うのはどうか。


転載メディアは別にジャーナリズムでも何も無いのでヘッダー・フッター以外は全てembedになってしまうのでしょうか。embedという点はちょっと引っかかりますが、常に書いたオリジナル記事が1つとしてうまく収益モデルが出来上がらないものかと思ったりしますね。

記事自体の「価値」の測り方も重要で、単純なPVではなく滞在時間やTTRといった記事の価値計測が重要となります。本書では広告の単価も枠ごとの注目度などを通じて決められるべきという立場が取られています。
幸いにも広告が表示されたかどうかといった指標が導入されただけでなく、「Intersection Observer」の導入によって、どれだけの時間その広告が見られたかなどの計測も容易になってきました。

それは広告の次の指標、品質指標になるでしょう。

また1記事ごとに閲覧するユーザが絞られる、例えば経済ニュースをよく見るユーザばかりが閲覧するものだと分かっているのならば、広告単価自体も高くなると予想され、その記事面から媒体が得られる広告収益は増える事などが考えられます。

そのあたりも今までのざっくりとした広告収益の考え方から、より詳細に記事ごとの売上やそれをみている人の興味関心あたりも分かるようになるかもしれません。

本書では「ジャーナリズム」に関する考え方が非常に興味深かったですね。特に
コミュニティに属する人々に体系立った知識を提供するのがジャーナリストの仕事ではないか
伝えた情報が市民、コミュニティのニーズを満たし、目標達成に役立つものでなくてはいけない。またジャーナリズムは、社会を改善させるツールとなるべきだ
といった部分。例えば朝日新聞なら朝日新聞としての主義主張があり、それに賛同する人たちのコミュニティというものが存在しています。そのコミュニティに対し、寄り添い、知識を提供しニーズを満たし、更には社会を改善させるツールとしての立場となること。
これは日本ではなかなか存在しないような気がします。

そういう意味において著者のジェフ・ジャービスは「サービス業たれ」と主張しています。
ジャーナリストは、人々が何かを言ってくるのを待つのではなく、皆の間で交わされている会話を聴き、その中から取りあげるべき問題を見つけ出すのだ。 
コミュニティに寄り添い、コミュニティ側が知りたい情報をつかみその中から問題を見つけ出し、調査ののち記事化する。確かに「コミュニティ」という概念、よくよく考えてみればその通りで、特にテーマが絞られたメディアであればその「コミュニティ」色は非常に強いですよね。逆にコミュニティが絞られていない場合や、1記事ごとにテーマが異なるのであればコミュニティが存在しない、即ち人がそのメディアに定着しない事を意味します。

更にはこの「コミュニティ」に属する人がコミュニケーションする場をメディア側が提供することが重要だと説きます。
メディア企業もプラットフォームのビジネスに移行すべきだ。人々が情報を共有し合えるプラットフォームである。そこでは、コンテンツを配布できるだけでなく、誰かの作ったコンテンツに改変を加えることもできる。一般の人が提供した情報にジャーナリストがプロならではの価値を加えて再配布することも可能だ(もちろん、他のプロが作ったコンテンツに他のプロがさらに価値を加えることもできる)。コンテンツではなく、人間関係に基礎を置いたビジネス戦略に変える。
このあたりの独特な考え方、確かに次のメディアを考える上でとても重要な概念でしょう。
日本の転載文化や一般人が小銭稼ぎのために作られた数多のwikipediaを含む転載Blogを見ていると、海外と日本との違いが少し意識されます。
同時に2ch系Blogが流行る様子やYahooニュースのコメントの多さを見ていると、日本においてもこの「コミュニティ」概念をうまく取り込む事で、そのメディアが爆発的に流行る可能性すらあるのではないかと思うことすらあります。

medium的なコメント手法、海外だと昨年あたりに新しくなったWall Street Journalあたりが確か同様にコミュニティ取り込みに躍起になっているような印象ですが、メディア側も米国では苦心しているように見えます。日本では数年遅れでもこのような方向性に舵がきられる事になるのでしょうか。

メディア以外のウェブサービスを運営する方々。自分のメディアはどんなコミュニティに寄り添う必要があるか、そのコミュニティが知りたいと思っていることを本当に提供できているでしょうか?
ペルソナ・キャスト的概念と似ているのかもしれません。でも非常に重要ですよね。


[読了]トヨタとソフトバンクで鍛えた「0」から「1」を生み出す思考法 ゼロイチ

 ペッパー元開発リーダーの林要さんが語る「ゼロイチ」、即ちピーターティールと同じく"ゼロからイチを生み出す、創り出す"ための行動や考え方が書かれている本です。

プロジェクトに対する「情熱」、この部分はスーパーボスでもそうですが非常に重要な点で、自分の行動力の源でもあり、人の心や行動をも変える力があります。そして情熱は記憶に強く印象づけたり、次第にその人を中心に影響力として拡散していく事が想定されます。

本書内では新しい「ゼロイチ」アイディアを成功へと導く軸は2つあると述べられています。

  1. 影響力
  2. アイディア

この2つです。影響力は先ほど述べた「情熱」だけでなく、開発ストーリー的な物語に相手を組み込んだり、相手を立てる事でも発生するのかもしれません。大きな会社の中では1個人の力はとても非力なのかもしれませんが、普段から自分の情熱の向く方向へ突き進むという行動や、その結果としての失敗、まわりと比較をしてみた時の"出る杭"のような存在感から必然的に「影響力」というものが生まれてくるのかもしれません。

アイディアの新規性だけの勝負ではデファクトスタンダードとまではならないかもしれません。ニュースでも一発屋に終わるのかもしれません。
でも影響力という軸が加わることによって大きな流れを作り出せる可能性さえあるのです。